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永遠の今

空の向こうの方でハトがぴゅーっと音がするほどの直線的な飛行をしているのが見えた。ハトは、左の方から右の方へと飛んでいるのだった。ハトを追いかけるようにしてやっぱり左の方から右の方へ、とても気持ちのよい風が吹いていた

「ねぇ、君にもあのハトが見えている?」
「うん、見えているよ」
「速い」
「うん、速い速い」
「ハトを追っている風が気持ちがいいね」
「うん、風が気持ちがいい」
「こんなに気持ちがいい風も、まれだね」
「まれだね」

僕は、目の前に同じものが見えているということを君と共有したくなって、ねぇねぇ、と声をかけてそう言ったのだった。それで君も共有された世界を僕と楽しむようにして、僕の発する言葉の尾っぽを握って離さない。風が「待てよ」とハトの飛行をハトに縺れながらも追いかけていくのと同じように、そっと言葉の袖を掴んで離さない

こんな風はそうは吹かないよ、うん、こんな風はそうは吹かないね、とっても気持ちがいい、うん、とっても気持ちがいい風が吹いている

今、僕と君とが目にしているハトの飛行は、公園などで見る無目的で怠惰なハトのモノではない。誰が見たって目の前を飛んでいるハトは、目的をもって直線的に飛んでいる。どこへと飛んでいるのかな?そう君が僕に訪ねた

「あれは、どこかへと飛んでいるのだろうね」
「それで、どこへと飛んでいるというの?」
「おそらくは家のある方へと飛んでいるんだろう」
「家のある方へ?」
「巣のある方へ」
「巣のある方へ?」

風は、水が流れるみたいに時折強くなったり弱くなったり形を変えたり形そのものから逃れるように崩れたりしながらも、安定してずっと吹いていた。夏から秋へと変わる、湿気をあまり含まない季節の境に吹く爽やかな風だった。風は、地形が「ここを通ってみたら?」と何万年もかけて準備したところを誘われるままに流れていく、しごく自然なモノのようだった

「でも、ちょっと待って。ハトが飛ぶよりも先に風は吹いていなかった?」

僕は、つぶやいた
君は、ん?という顔つきになって、僕が何を言いたいのかを探っているようだった。君のその顔つきを僕はいつだって好ましく思っていたから、だからその顔を(じっくり見るのは照れくさくって)さっと盗み見た。君に、返事を焦るそぶりは見えなかった。ゆっくりと、話題に上がっているその風を体にしっかりと感じながら、ああ、そうか、となって「うん、ハトが飛ぶよりも先に、風があったように思えるね」と返事した

「地形がここに風をすーっと通したというよりも、風の方が徐々に地形を(自分がいつしかすーっと流れていくことを可能とするように)カタチツクッタというわけか?」
「風が地形をカタチツクッタということもあるんだろうね」
「そもそもその下に、川が流れているんだもん」
「川が引っ張ってきた風がその上を通っている?」
「風が引っ張ってきた水がその下を通っている!」
「同時なんだね」
「うん、全くもって同時なんだね」
「何万年もの時間をかけて壊されながらも地形はカタチツクラレテイル」
「何十万年もの時間をかけて」
「カタチツクラレテイル」
「すーっとなるように」
「うん、すーっとなるように」
「何百万年もの時と時のあいだに」
「うん、長いなっがい時と時のあいだ、壊しつつ作りつつ永遠の今があって」
「風が吹いて水が流れてハトが飛ぶ」
「永遠の今に、ハトが流れるようにして飛んでいる」
「永遠のハトに、今という時間が流れている」

ハトは、谷間を吹く風を利用するようにぴゅーっとさらに加速して飛んでいき、やがて僕と君との視界から消えてなくなったんだ。川は、蛇行しているから、そのうねりに沿って飛んでいったハトは、川の流れが見えなくなるのと同時に見えなくなって、、、。もちろん、ハトが見えなくなるのと同時に、水の流れも見えなくなった

「川の流れは絶えずして、また元のハトにあらず」僕は君にそう言った。すると君は言葉からそっと優しく離陸して、うふふと笑ってただの風になった

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3(小山、2016)